恐るべし 暴風雪
2月14日は娘の誕生日、後ろ髪を引かれながら稚内へ、この日は日差しが
少し暖かさを感じさせるほどの陽気で、無事250キロをクリアできた。
稚内の天候も穏やかで静かな夜であったが、明けて15日は朝から風雪強く
今回は翌日のアポイントもあり早めに切り上げて12時に稚内をあとにした。
しかし、甘かった・・・約20キロ南下していく途中で立ち往生5~6台、路外
への突っ込んでいる車2台、イヤな汗をかきはじめたのもつかの間、前方が
見えないのである、ホアイトアウトだ。
時速約10キロ以下でこわごわ走行、オカマをほるのもほられるのも遠慮
したいが、路外は命取りになる危険性が高いので考えたくなかった、が・・・
進むしかなかった。 なんとか幌延までたどりついたが天塩川大橋の先で
事故車処理のため進めなくなってしまったのである。 先を走る車のテール
ライトが見えなくなっていたので、同行していた新人君(K・M君)にお願いし、
前の車の雪をブラッシングしてもらった、一瞬のうちに耳の中までブリザード
になってしまったようだ、少し笑ってしまった、ゴメン。
幌延開発局も危険と判断し並んでいる車両と集まってくる車両を開発局の
敷地へ退避させ、我々もそこで道路の開通を待つことになったのである。
しかし、暴風雪は絶好調!!!車の中も震度2~3程度の揺れを常に感じ
させる勢いは治まる気配がなかった。
開発局も動けない状態。
2時間以上が経過し幌延開発局の決断は国道40号線の閉鎖だ、我々に
3つの選択を迫られた、一つ目はロータリー車と除雪車が豊富町まで先導
する逆戻りコース、二つ目は幌延町でご宿泊コース、三つ目は天塩川大橋
の先へ進むコースだ。 しかし三つ目のコースは幌延町の管轄外でこの先の
道路状況がどうなっているのかまったく情報がないことだった。
長く悩んでいる時間を許されなく、私のいつものクセが出てしまったのである。
私の身勝手な直感で第三コースを選んでいた、数キロ走ったところで先行車
が7~8台止まっていて、まったく動けなくなってしまったのである、ナビでは
前も後も国道は通行止めの表示に変わっていた、やっちまったかあ~・・・・
後悔した瞬間には既に遅し、1メータ先が見えない恐怖の黒と白だけの世界となって
しまったのである。 考えたことはマフラーにブリザードが入りエンストを起こさせない
ことであった、交替で仮眠をとり車が埋まらないように打合わせをしたのである。
[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=zUJCwsbvqHw&feature=player_detailpage[/youtube]
覚悟を決めた約1時間後、どこの管轄の開発局の方か不明だが、少し小型のロータリー
車で前方の道を開通、思わず二人で「助かった」・・・・あのブリザードの中、いくら仕事と
はいえ、過酷過ぎる救助に心から感謝いている、本当にありがとうございました。
旭川へ無事到着したのはPM11:10だった、学生旅行以来の11時間運転である。
これで終らないのが私の人生だ、旭川もそれなりに降り積もっており、家の前も除雪車が
入り気合のこもった固まりのお土産をおいていってくれていた・・、お世話になった開発局
の人たちのことを思い出し、1時間半かけて除排雪、11時間ナマッタ体を締め上げ長い
一日がおわった。 入社3日目のK君には衝撃的な一日だっただろう。